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Q)研究所は、どんな所にあるのですか。このごろの気候はどうですか? |
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日本航空ファーストクラス機内誌『Agora』
2003年11月号 |
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<岩永>
当研究所は、メキシコ市郊外の標高2,300mに位置しています。熱帯高地特有の日較差が大きい気候です。
日中は半そでの生活ですが日陰は涼しく、さらに夕刻より急に気温が下がり、寝るときには一年中電気毛布を使っています。
今の季節 (10月中旬) は、メキシコ原産のコスモスも盛りを過ぎ、蝶々が多く飛交い、晩秋の気配が感じられ、一番好きな時期です。 |
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Q)『Agora』誌によると、土曜・日曜も半日はオフィスにこもるとあって、相当の激務のようですね? 何がそんな激務を支えているのですか?
<岩永>
平均すると、年間160日の海外への出張という激務です。
しかし、研究所のやっていること(特に品種改良)は、貧しい国、そこの人々の役に立っていると実感できる機会もあります。先月は、ケニアの大統領より官邸へ招待され、ケニアの食糧問題解決への貢献への礼を言われました。好きなこと(遺伝学研究)をやっていけて、それが世界に役に立つという事実に感謝しています。 |
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(ケニア国大統領と握手する岩永さん) |
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Q)『Agora』誌には、特に経営面で苦労されているようなことが書かれていますが、その後、改善されましたか?
<岩永>
当研究所の困難な状況は、依然として続いています。
ノーベル賞受賞の成功体験が、かえって組織変革のスピードを遅らせているのが現状です。老朽化した大型タンカーの舵取りと同じく、変革が激しい国際研究分野での方向転換は、十分に注意して行う必要があります。
700人の組織のトップとして、今後も苦しい上り坂が続くと覚悟しています。 |
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Q)『Agora』誌には、「英語、スペイン語を巧みに話し、常に笑顔とジョークを欠かさない」と紹介されていますが、外国語を修得するうえで苦労された点がありますか?
<岩永>
生来、無口な私にとって、言葉は、北松の中学から都会の佐世保北高へ入学し、佐世保弁を習得しなければならなくなった時以来(^o^)、ずっと大変な課題として今も続いています。
大学院は米国 ( 英語圏 ) 、そしてペルー、コロンビアのスペイン語圏で13年間仕事をし、その後イタリアで8年生活しましたので、英語、スペイン語で仕事をこなしていくことはできます。 |
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米国での留学時代 (25歳) からおよそ30年間、英語が公用語の仕事場にいますが、依然として言葉の難しさを実感しながら日々を終えています。
仕事柄、人前で話をすることが多いのですが、練習(リハーサル)は今でも欠かさずつ続けています。美しい表現はとっくにあきらめ、「正確な意思疎通」に注意を払っています。 |
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Q)岩永さんには、メキシコで東京北星会のホームページも見ていただいているようですが、どんなお気持ちで見ていらしゃいますか?
<岩永>
昼食時間に、サンドウィッチを食べながら、時々、東京北星会のHPをのぞいています。35年前に過ごした高校時代が、夢のように思い出されます。人生の中で一番密度が濃かった3年間であったことに、間違いありません。
同級生の村上龍さんらに刺激されていなかったら、多分、今ごろは、日本のどこかの大学の教授として平穏な生活をしていたのでしょう。 |
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「青春時代が夢なんて後からほのぼの思うもの」という歌詞が思い出されます。「ふるさとは遠くにありて想うもの」を、海外で実感しています。
Q)最後に、普段モットーにされているようなことがあれば、お聞かせください。
<岩永>
職場では「あせらず、あきらめず、一歩ずつ」で、生活面では「この日が最後かもしれない」と思い、今生きてる事実を楽しむように心がけています。 |
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お忙しい中、ありがとうございました。どうぞ、健康に気をつけてご活躍ください。
また、帰国された際には、同じ22回生の福本君が店長を務める御徒町の「金魚」で、同級生で酒を酌み交わしたいと思います。帰国の予定が分かりましたら、是非、ご連絡ください。
<岩永>
そうですね、是非「金魚」で一緒に日本酒を飲みましょう! |
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(05.10.15掲載) |
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