どんなに愛し合ったカップルでも月日を重ねるとその情熱は色あせていく。一緒に感動した日のことを忘れ、自分のために泣いてくれた彼(彼女)の顔や交わした言葉さえも忘れてしまうものだ。だがそれは至極当然のことであり罪の領域ではない。
失った日々の情熱や新鮮な気持ちを取り戻す媚薬や力を備えることができたら……。恐らく離婚率は格段に減少するだろうし、少子化といった問題も激減することだろう。だが、残酷なことに時間は前にしか進まず、愛の記憶も日々風化してゆく。作中語られているように「冷めないスープはない。かならず冷めるもののことをスープと呼び愛と呼ぶのだ」。大方の人はその色あせた記憶や情熱の代わりに、平穏な日々と重厚な絆というものを育み人生に折り合いをつけていくしかないこと、又はその貴重な意味を知っている。
著者自身のこれまでの恋愛小説と違うのは、恋愛小説の形をとりながら、人間の〈記憶〉とその時々の〈感情〉の在りようを見つめている点だ。中志郎の選択は正しかったかどうか。時間の残酷さを見せつけられた気がするが、それでも人は進まなければならない。生まれてきたからには。考えさせられた! |