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「  頑  張  る  」  考 

 
       

中  元  静  毅

   
     
 

 私が勤務する単位制高校と校舎を共有している通信制が、今春発行した生徒会誌が手元にある。


 卒業式直前に配布されただけあって、最後の8ページは教職員が生徒に贈る言葉と、卒業生が先生や在校生へ残す言葉が載っている。贈る方は 「頑張ろう」 「頑張って下さい」 が目立ち、送られる方は 「頑張ります」 「がんばるぞ」 「頑張ってきた」 を連発し、約7人に1人が 「ガンバる」 の表現を用いている。ひらがなで書いたのは卒業生2人だけで、残りは全て漢字を入れている。他に 「努力・忍耐・前進」 という表現も多く、これを 「ガンバる」 と同じ範疇に入れると、5人に1人が使用していることになる。


  日本人が 「頑張る」 という言葉を多用しすぎることは、以前からよく指摘されてきた。「今日できることは明日に延ばすな」 の価値観は、農耕民族の特性として素直に甘受できるだろう。しかし、余りにも広範囲に 「頑張る」 が乱用されることは、語彙の貧困、語感の鈍化、ひいては思考力の怠慢に繋がらないか心配である。
 

万緑一紅
   
 

 そこで、日本人が日常気軽に使う 「頑張る」 を、英米人はどのように表現しているか紹介したい。逆に言うと、次に挙げる幾多の英語表現を、私たちは大雑把に「ガンバる」という言葉で片付けてしまってはいないだろうか。都合上、表現例は語感のインパクトが薄いものから順に、全て命令文で記すことにする。

  (1) Cheer up.(元気を出せ)。一見、「ガンバれ」だが、使用されるのは失敗や落胆を慰める場合である。Don't be so sad.(そんなに悲しむな)と同意と考えてよい。

  (2) Good luck.(お元気で)。旅立つ人や別れる人への軽い言葉であり、「幸運を祈ります」の意味が込められている。

  (3) Don't worry.(心配するな)。励ますというより、緊張した気持ちを落ち着かせる時に用いる。弁論大会で登壇する直前の生徒に発したり、手術室に向かう患者に家族や看護婦が声をかける時に使う。

  (4) Go forward.(前へ進め)。文字通り、徒競走の応援には最適である。たとえ10%しか達成の可能性がない時でも、この表現は使える利点があり、You should do it.(とにかくやってみなさい)くらいの意味である。

  (5) Fight.(戦え)。集会のシュプレヒコールやスポーツ観戦の場では、将にこれである。Attack.(やっつけろ)も考えられるが、これは「肉体を傷付けよ」の意味なので用いない。

  (6) Make a good job.(立派にやってのけよ)。過去形や完了形で使われることが多く、称賛する時ばかりでなく、敗北や失敗を慰労する表現としても多用される。You [have]made a good job.(よくやった)。jobは「仕事・本分」の意味で、dutyと同義である。

  (7) Work hard.(一生懸命に働け[勉強せよ])。文字通り、Make an effort.(努力せよ)と並列して使用されているようである。

  (8) Do your best.(最善を尽くせ)。これは100%の努力をせよということであり、日本語の「全力投球」に当たる強い語である。

  (9) Go for broke.(命を懸けて、とことんやれ)。brokeは「破産して」の意で、投機や事業を行う時、死ぬ気でがんばり通すことである。つまり、Give it 110% of efforts.


  さて、「頑張る」を広辞苑で引いてみると、次の3つの意味を挙げている。これら3つにそれぞれ私見を交えながら、解説を加えていくことにする。

  (1) 我意を張り通す。「我に張る」が転じた当て字であり、古語では「我に張り者」だけが出てくる。「我を張りとおす者・強情者」の意で、因みに「我」を見ると、「自我・意地・強情・わがまま」と出ている。我を否定し「無我」を主張する仏教の普及と相侯って、「我に」が「頑」に転じた経緯も納得できる気がする。例文「まちがいないと頑張る」には、明らかに 「我に張る」 の余波(なごり)がある。
                               
  (2) どこまでも忍耐して努力する。中国語の「努力(ヌーリー)」 が 「ガンバる」 とほぼ同意とすれば、悠長で我慢強い中国人から多分に影響を受けていると考えたい。例文の 「成功するまで頑張る」 は、「慢慢的(マンマンデ)」 に 「気が張る」 を加えた帰結だと思って、自分を合点させている。

  (3) ある場所を占めて動かない。「入口で頑張る」 が範例で、この新解釈が広辞苑に登場するのは、1991年発行の第4版からである。それより7年前発刊の第3版には、この解釈は載っていないので、その間にどのような背景や変遷があって、そうなったのかは興味深い点である。
  本来「頑」は、「融通のきかない、かたくななこと」であり、 「頑愚、頑固、頑迷」 を連想させ、ネガティヴな印象を与えてきた。ところが、近年の経済成長の絶頂期に世間が求めたプラス志向と呼応して、「つよく堅固なこと」にイメージが好転し、そこから 「頑強、頑健、頑丈」 のような語がよく用いられるようになった。換言すると、副詞 「頑に(かたくな)」 の硬直感が稀薄になり、幾分柔らかい音調をもつ「頑(がん)として」の表現が、私たちの脳裡にインプットされ始めたと想定する。

  最近のテレビコマーシャルで、骨董品鑑定人が 「いい仕事してますね」 と言うのをよく聞く。また、女性マラソンランナーが発した 「自分で自分を褒(ほ)めてやりたい」 の文言は、今も巷で使用されている。
 「頑張る」 を禁句にして他の表現を使うように心掛けると、そこから違った言い回しゃ発想が生じ、光彩を放つ豊かな言語生活が約束されないだろうか。
 また、「頑張れ」が相手に与える重圧感を考えると、この言葉は求心的に自分に向けさせる方が似合っていると思うのである。


 
 
(日本語教育研究所研究貞課題提出論文)
 
 
 
   
     
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